
建て替え・売却前の立ち退き:正当事由と立退料の考え方、進め方
李 瀟(宅地建物取引士)販売・PM事業責任者
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築古アパートの建て替えや、空室にしてからの売却を考えたとき、避けて通れないのが入居者の立ち退きです。「建物が古くなったから」「売ることにしたから」という理由だけでは、貸主は賃貸借契約を一方的に終わらせることができません。
この記事では、立ち退きの法的な前提になる借地借家法の「正当事由」、定期借家との違い、立退料の考え方、交渉の進め方とトラブルを避ける注意点を整理します。条文はe-Gov法令検索で確認し、立退料は「相場」として金額を断定せず、何を積み上げて考えるかを説明します。
この記事のポイント
- 普通借家契約では、貸主が更新を拒むには期間満了の1年前から6か月前までに通知し、解約を申し入れた場合は6か月を経過して初めて終了します。どちらも「正当の事由」があると認められなければできません(借地借家法26〜28条、e-Gov、2026年10月確認)。
- 正当事由は、貸主・借主それぞれが建物を必要とする事情、これまでの経過、建物の利用状況と現況、立退料などの申出を総合して判断されます。立退料は正当事由を補う要素で、払えば足りるというものではありません。
- 立退料は、引越し費用・新居の初期費用・家賃の差額などを積み上げて考えます。参考までに、18〜30㎡の募集賃料の中央値は中野9.3万円、蒲田10.8万円、北千住9.8万円、赤羽8.9万円でした(Urbalytics 賃貸募集データ、2025年10月〜2026年10月、各駅209〜558件)。
立ち退きは貸主の都合だけでは進められない
普通借家契約(期間満了で更新される一般的な賃貸借)では、借主の住まいを守るために、貸主から契約を終わらせる手段が制限されています。
- 期間の定めがある契約:貸主が更新しない場合は、期間満了の1年前から6か月前までに借主へ通知します。通知しなければ、従前と同じ条件で更新したものとみなされます(借地借家法26条1項)。
- 期間の定めがない契約:貸主が解約を申し入れると、申入れの日から6か月を経過したときに終了します(同27条1項)。
- どちらの場合も、貸主の更新拒絶の通知や解約の申入れは、正当の事由があると認められる場合でなければすることができません(同28条)。
つまり、通知の時期を守ったうえで、正当事由が認められて初めて契約を終了できます。実務では、裁判で争う前に、入居者と話し合って合意で退去してもらう「合意解約」で進めるのが一般的です。
正当事由はどう判断されるか(借地借家法28条)
借地借家法28条は、正当事由の有無を判断するときに考慮する事情として、次のものを挙げています(e-Gov、2026年10月確認)。
- 貸主と借主(転借人を含む)が、それぞれ建物の使用を必要とする事情
- 建物の賃貸借に関する従前の経過(契約の経緯、賃料の額、滞納の有無など)
- 建物の利用状況
- 建物の現況(老朽化の程度、耐震性、修繕に必要な費用など)
- 貸主が明渡しの条件として、または明渡しと引換えに、借主に財産上の給付をする旨の申出(いわゆる立退料)
中心になるのは1の「双方が建物を必要とする事情」で、2〜5はそれを補う事情として扱われるのが一般的です。たとえば耐震性に問題があり建て替えの必要性が高い場合でも、借主が高齢で転居先を見つけにくい、店舗として長く営業してきたといった事情があれば、正当事由は認められにくくなります。そうした不足を補う形で、立退料の申出が考慮されます。
「売却したいから」という理由は、それだけでは貸主側の必要性として弱いとされることが多い点に注意が必要です。売却が目的なら、入居者付きのまま売る方法(オーナーチェンジ)も比べてみてください。
定期借家との違い
定期借家契約(定期建物賃貸借)は、契約の更新がなく、期間が満了すると終了する契約です(借地借家法38条)。普通借家と違い、期間満了時の終了に正当事由は要りません。
| 項目 | 普通借家 | 定期借家 |
|---|---|---|
| 更新 | 原則として更新される | 更新しない(再契約は可能) |
| 貸主からの終了 | 正当事由が必要(28条) | 期間満了で終了。正当事由は不要 |
| 契約の方式 | 口頭でも成立 | 公正証書などの書面(電磁的記録を含む)が必要 |
| 事前の説明 | 規定なし | 更新がなく期間満了で終了することを、書面を交付して説明する。説明がないと「更新しない」定めは無効 |
| 終了の通知 | 更新拒絶は満了の1年前〜6か月前 | 期間1年以上なら満了の1年前〜6か月前に終了の通知が必要 |
出典:借地借家法26〜28条・38条(e-Gov法令検索、2026年10月2日確認)をもとにTLL作成。
将来の建て替えや売却が見えている物件では、新しく募集する部屋から定期借家で契約しておくと、計画が立てやすくなります。ただし、定期借家は借主にとって条件が厳しいため、賃料を下げないと決まりにくいことがあります。また、既存の普通借家契約を定期借家に切り替えるには、借主の合意と所定の手続きが必要で、古い居住用の契約では切り替えが制限される場合もあります。
立退料の考え方(相場ではなく積み上げで考える)
立退料の金額は法律で決まっておらず、物件の状況、借主の事情、貸主の必要性の強さによって大きく変わります。そのため「家賃の○か月分が相場」とは言い切れません。考え方としては、借主が退去によって負担する費用や不利益を、次のように積み上げていきます。
- 移転にかかる実費:引越し費用、新居の敷金・礼金・仲介手数料・前家賃、火災保険や鍵交換の費用
- 家賃の差額:いまと同程度の部屋に移ると家賃が上がる場合、その差額の一定期間分
- 営業上の損失(店舗・事務所の場合):移転期間中の休業、内装・設備の造作、顧客が離れることによる影響
- その他の事情:長年住んだ住まいを離れる負担、通学・通院への影響など
家賃の差額を考えるときは、同じエリア・同じ広さの募集賃料が手がかりになります。次の表は、4駅の18〜30㎡の住戸の募集賃料を集計したものです。
| 駅 | 件数 | 下位25% | 中央値 | 上位25% |
|---|---|---|---|---|
| 中野 | 347件 | 7.9万円 | 9.3万円 | 12.9万円 |
| 蒲田 | 558件 | 9.0万円 | 10.8万円 | 12.7万円 |
| 北千住 | 311件 | 8.4万円 | 9.8万円 | 11.0万円 |
| 赤羽 | 209件 | 7.5万円 | 8.9万円 | 11.0万円 |
出典:Urbalytics 賃貸募集データ。2025年10月2日〜2026年10月2日に掲載された、各駅を最寄りとする東京都内の18〜30㎡の住戸(区分マンションのほか木造・軽量鉄骨のアパート住戸を含む)。同一建物・同面積・同賃料の重複掲載を除外。募集賃料であり成約賃料ではありません。集計日:2026年10月2日。

たとえば、中野駅周辺で月6.5万円の築古1Kに住む入居者が、同じ広さの部屋に移ると中央値の9.3万円前後になるとすれば、差額は月2.8万円です。これを何か月分見るか、新居の初期費用(敷金・礼金・仲介手数料で家賃の3か月分程度)と引越し費用をどこまで負担するかを、借主の事情と貸主の必要性に応じて話し合います。ここでの数字は考え方を示すための例で、実際の金額を示すものではありません。
建て替え・売却前の立ち退きの進め方
立ち退きは、計画の早い段階から時間に余裕を持って進めるほど、合意にたどり着きやすくなります。一般的な流れは次のとおりです。

- 契約と入居状況の確認:各住戸が普通借家か定期借家か、契約期間、賃料、入居年数、滞納の有無を一覧にします。
- 計画と時期を決める:建て替えや売却の理由、明渡しを希望する時期を決め、通知期間(6か月以上)を逆算します。
- 入居者へ説明:書面だけで済ませず、個別に事情を聞きます。高齢の方や店舗など、事情の違いを把握します。
- 条件の提示と交渉:移転費用・家賃差・転居先の紹介・明渡しまでの賃料免除など、条件を提示して話し合います。
- 合意書の締結:明渡し日、立退料の額と支払時期、原状回復の免除、残置物の扱いを書面にします。
- 明渡し・支払い:鍵の返却と室内の確認をしてから、残金を支払います。
トラブルを避けるための注意点
- 強引な交渉をしない:繰り返しの訪問や威圧的な言動、鍵の交換や設備を止めるといった行為は、法的な問題になり、交渉そのものを難しくします。
- 交渉を誰に任せるか:貸主本人以外が報酬を得て立ち退き交渉を代行することは、弁護士法72条との関係で問題になることがあります。交渉を任せる場合は弁護士に相談してください。
- 一律の条件にこだわらない:入居者ごとに事情が違うため、条件は個別に考えます。ただし、後から他の入居者との差を指摘されることもあるので、考え方は一貫させます。
- 書面で残す:説明の内容、提示した条件、合意内容は書面で残し、口頭の約束だけにしないようにします。
- 計画の余裕を持つ:合意できない入居者が残ると、建て替えや売却の計画全体が遅れます。数か月〜1年以上かかることを見込んでおきます。
立ち退きにかかる時間と費用を考えると、「入居者付きのまま売る」「立ち退きの手間ごと買い取ってもらう」という選択肢のほうが手取りや時間の面で合理的な場合もあります。条件が難しい物件の売り方は再建築不可・借地権・相続した築古アパートの売却、仲介と買取の違いは買取と仲介の比較で解説しています。
よくある質問
Q. 建物が古いことは、立ち退きの正当事由になりますか?
老朽化や耐震性の不足は「建物の現況」として考慮されますが、それだけで正当事由が認められるとは限りません。借主が建物を必要とする事情とあわせて総合的に判断され、立退料の申出が補完的に考慮されます。
Q. 立退料は払わなければいけませんか?
法律で支払いが義務づけられているわけではありません。ただし、正当事由を補う要素として考慮されるため、合意で退去してもらう場合には、移転費用などを負担するのが一般的です。
Q. 定期借家なら立ち退きの問題は起きませんか?
書面での契約と事前の書面説明、期間1年以上なら満了の1年前〜6か月前の終了通知といった要件を満たしていれば、期間満了で終了します。要件を欠くと更新しない定めが無効になるので、契約書類を確認してください。
Q. 立ち退きをせずに売ることはできますか?
できます。入居者付きのまま売るオーナーチェンジなら、賃貸借契約と敷金の返還義務は買主に引き継がれます。立ち退きにかかる時間と費用と、売却価格への影響を比べて決めます。
まとめ
- 普通借家では、更新拒絶は満了の1年前〜6か月前の通知、解約申入れは6か月の経過が必要で、どちらも正当事由が要ります(借地借家法26〜28条)。
- 正当事由は双方の必要性を中心に、経過・利用状況・建物の現況・立退料の申出を総合して判断されます。
- 立退料は相場ではなく、移転実費・家賃差額・営業損失などを積み上げて考えます。18〜30㎡の募集賃料中央値は中野9.3万円、蒲田10.8万円など、転居先の家賃水準が手がかりになります。
- 立ち退きにかかる時間と費用を含めて、建て替え・空室にして売る・入居者付きで売るを比べたいときは、無料査定でご相談ください。
アイキャッチ画像(イメージ):Photo: Salvador Rios / Unsplash
この記事について
- 執筆
- 李 瀟(販売・PM事業責任者)保有資格:宅地建物取引士・ビル経営管理士
収益物件の購入・販売と、取得後のプロパティマネジメントをつなぐ実務責任者。 NTTコミュニケーションズで8年以上、大手企業向けDX案件のプロジェクト管理を担当。要件整理から導入・運用まで、多くの関係者が関わる業務を進めてきた経験を、不動産取引と管理業務に活かしている。宅地建物取引士・ビル経営管理士。 TLLでは、収益物件の販売戦略と投資家への提案、契約、決済・引渡しまでの進行を担当し、PM事業を統括する。物件を選ぶ際は、賃料収入に加え、融資期間や修繕費、売却時の築年数まで確認。取得時の判断と、買った後の運営を切り離さない提案を重視している。コラムでは、買い増しや借り換え、海外在住オーナーの管理など、保有期間中の判断も解説している。
プロフィールを見る → - 運営
- TLL合同会社宅地建物取引業 東京都知事(1)第108202号住宅宿泊管理業 国土交通大臣(01)第F03424号
記事中のデータは出典と集計時点を明記しています。相場や制度は変わることがあるため、個別の判断は最新情報と専門家へのご相談のうえで行ってください。











