大きな窓とフローリングのある家具のない部屋(イメージ)

退去時の原状回復はどこまでオーナー負担? 国交省ガイドラインの負担区分と経過年数、費用の目安

李 瀟(宅地建物取引士)販売・PM事業責任者

約11分で読めます

入居者が退去したあと、壁紙の汚れや床の傷をどこまで入居者に請求できるのかは、オーナー様と入居者のあいだでもっとも揉めやすい論点です。請求しすぎれば敷金返還をめぐるトラブルになり、遠慮しすぎれば本来請求できた費用までオーナー様の持ち出しになります。

この記事では、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」にもとづいて、オーナー負担と入居者負担の線引き、経過年数(耐用年数)による負担割合の考え方、東京都の賃貸住宅紛争防止条例、TLLが受け取った原状回復工事の見積から見た費用の目安を整理します。退去後の募集条件の見直しについては「アパートの空室対策」もあわせてご覧ください。

この記事のポイント

  • 国土交通省のガイドラインは、原状回復を「借りた当時の状態に戻すこと」ではなく、入居者の故意・過失や通常の使用を超える使用による損耗を復旧することと定義しており、日焼けや家具の設置跡などの通常損耗・経年変化はオーナー負担が原則です。
  • クロス(壁紙)やクッションフロアは耐用年数6年で残存価値1円とする考え方のため、入居者が汚した場合でも、新品から3年住んでいれば負担は張替費用の約50%、6年以上ならほぼ0%になります。
  • TLLが受け取った原状回復工事の見積では、1R・1Kで15万〜30万円、2K・2DKで30万〜60万円(税込)が目安で、東京3駅の1K募集賃料の中央値8.9万〜11.5万円(敷金1か月分に相当)を上回ることが多くなっています。

原状回復とは:借りた当時の状態に戻すことではない

原状回復とは、入居者の居住・使用によって生じた建物価値の減少のうち、入居者の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超える使用による損耗・毀損を復旧することです。国土交通省のガイドライン(平成23年8月再改訂)はこのように定義し、「借りた当時の状態に戻すものではない」ことを明確にしています。

この考え方は、2020年4月施行の改正民法で条文になりました。民法第621条は、入居者は退去時に損傷を原状に復する義務を負うとしつつ、通常の使用で生じた損耗と経年変化は除くと定めています。つまり、普通に暮らしていて生じる汚れや劣化の修繕費は、家賃に含まれているものとしてオーナー様が負担するのが原則です。

損耗は、次の3つに分けて考えると整理しやすくなります。

  • 経年変化:日照による壁紙や畳の変色など、時間の経過で自然に生じるもの(オーナー負担)
  • 通常損耗:家具の設置跡、冷蔵庫裏の壁の黒ずみ(電気ヤケ)など、通常の使用で生じるもの(オーナー負担)
  • 入居者の故意・過失などによる損耗:タバコのヤニ、結露を放置して広がったカビ、引越し作業でついた傷など(入居者負担。ただし経過年数を考慮)

項目別の負担区分と費用の目安

実際の退去精算では、部位ごとに「オーナー負担になる例」「入居者負担になる例」「経過年数を考慮するか」を確認していきます。ガイドラインの区分に、TLLが受け取った原状回復工事の見積単価を並べました。

部位オーナー負担になる例入居者負担になる例経過年数の考慮工事単価の目安(税抜)
壁・天井(クロス)日照による変色、電気ヤケ、画鋲・ピンの穴、ポスターの跡タバコのヤニ・臭い、結露を放置したカビ、重量物用のくぎ穴・ネジ穴、落書き耐用年数6年で残存価値1円量産クロス張替 950〜1,050円/㎡
床(クッションフロア・カーペット)家具の設置跡、日照による色落ち飲み物をこぼした後のシミ・カビ、冷蔵庫下のサビを放置した跡耐用年数6年で残存価値1円クッションフロア張 2,800〜3,000円/㎡
床(フローリング)ワックスがけ、家具の設置跡引越し作業などでついた引っかき傷部分補修は考慮しない(全面張替は建物の耐用年数)床剥離 800〜880円/㎡
畳次の入居者のための表替え、日照による変色飲み物などによるシミ、故意の毀損畳表は消耗品として考慮しない表替え 4,500円/枚
襖・障子次の入居者のための張替え破損、落書き、ペットによる傷襖紙・障子紙は消耗品として考慮しない襖 3,000〜4,400円/枚、障子 3,000〜4,900円/枚
設備・清掃入居者が通常の清掃をしていた場合のハウスクリーニング、寿命による故障手入れを怠った油汚れ・水垢、鍵の紛失設備は耐用年数で残存価値1円(鍵の紛失・クリーニングは考慮しない)ハウスクリーニング 1K 16,000〜20,000円、2K・2DK 26,000〜32,000円

出典:負担区分と経過年数の考え方は国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(平成23年8月)の別表から要約。工事単価はTLLが2021〜2026年に受け取った工事見積(東京23区・多摩・埼玉南部、工事系134件)の単価レンジで、2026年9月時点の集計。確認日:2026年10月2日。

白い壁と室内ドア
白い壁と室内ドア(イメージ)Photo: Point3D Commercial Imaging Ltd. / Unsplash

入居者負担の範囲は「毀損した部分の補修に必要な最低限の単位」が基本です。クロスなら㎡単位が望ましいとされ、色や模様を合わせるために一面分を張り替える場合は、その一面分までを入居者負担としてもやむを得ないとされています。タバコのヤニで部屋全体が変色しているときに限り、居室全体の張替費用を入居者負担とするのが妥当とされます。

経過年数の考え方:クロスは6年で残存価値1円

入居者に責任がある損耗でも、費用の全額を請求できるわけではありません。ガイドラインは、壁紙や設備には耐用年数があり、年数がたつほど価値が下がることから、経過年数が長いほど入居者の負担割合を小さくする考え方をとっています。再改訂版では、税制改正にあわせて耐用年数が過ぎた時点の残存価値を1円としています。

経過年数(入居時に新品の場合)入居時1年2年3年4年5年6年以上
入居者の負担割合(耐用年数6年)100%約83%約67%50%約33%約17%残存価値1円

出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」の考え方(定額法で6年後に残存価値1円となる直線)をもとにTLLが計算。入居時にすでに年数が経過していた場合は、その時点の価値から計算します。確認日:2026年10月2日。

クロスの経過年数と借主の負担割合。入居時100%、1年83.3%、2年66.7%、3年50%、4年33.3%、5年16.7%、6年で残存価値1円となりほぼ0%
クロスの経過年数と借主の負担割合(出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」の考え方をもとにTLL作成)

たとえば、新品のクロスを張った1Kに入居した人が、3年後の退去時に壁一面(約10㎡)に落書きをしていたとします。張替費用が1㎡950円なら9,500円で、経過年数3年の負担割合50%をかけた約4,750円が入居者負担、残りがオーナー負担です。同じ損耗でも、6年以上住んでいれば入居者に請求できるのはほぼゼロになります。

耐用年数はガイドラインで部位ごとに示されており、流し台は5年、エアコン・冷蔵庫・ガスレンジ・インターホンは6年、便器・洗面台などの給排水・衛生設備は15年、ユニットバスや浴槽など建物と一体のものは建物の耐用年数です。一方、鍵の紛失によるシリンダー交換は経過年数を考慮せず、全額が入居者負担となります。

東京都の賃貸住宅紛争防止条例と特約

東京都内の居住用賃貸住宅では、「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」(いわゆる東京ルール)により、宅地建物取引業者が契約の代理・媒介をする際、次の内容を書面で説明することが義務付けられています。対象は平成16年10月1日以降の新規契約で、更新契約や店舗・事務所などの事業用は対象外です。

  • 退去時の原状回復の基本的な考え方
  • 入居中の修繕の基本的な考え方
  • 実際の契約で入居者が負担する内容(特約の有無や内容)
  • 入居中の設備の修繕や維持管理に関する連絡先
日差しが差し込む畳の和室
日差しが差し込む畳の和室(イメージ)Photo: Fumiaki Hayashi / Unsplash

「退去時のハウスクリーニング費用は入居者負担」のように、原則と異なる負担を入居者に求める場合は、契約書に特約として定める必要があります。ガイドラインは、特約が有効になる要件として、①特約の必要性があり、暴利的でないなど客観的・合理的な理由があること、②入居者が通常の原状回復義務を超える負担を負うことを認識していること、③入居者がその負担を負う意思を示していること、の3つを挙げています。金額や範囲を具体的に書き、契約時に説明しておくことが、退去時のトラブルを減らす有効な方法です。

原状回復費用の目安と敷金

TLLが受け取った原状回復工事の見積では、間取り別の総額は1R・1Kで15万〜30万円、2K・2DKで30万〜60万円、3LDK以上で60万〜120万円(税込)が目安でした。この総額には、オーナー負担の通常損耗分と入居者負担分の両方が含まれます。敷金と比べるため、東京3駅の募集賃料の中央値を並べました。

駅1K(20〜30㎡)賃料中央値集計件数40〜55㎡ 賃料中央値集計件数
中野10.0万円295件21.75万円192件
大井町11.5万円266件23.2万円78件
西葛西8.9万円78件12.8万円67件

出典:Urbalytics 賃貸募集データ。東京都内で各駅を最寄りとする住戸のうち、2025年10月2日〜2026年10月2日に掲載された募集(同一建物・同面積・同賃料の重複掲載を除く)。賃料は募集賃料で、成約賃料ではありません。原状回復費の目安はTLLが受け取った工事見積の実績レンジ。集計日:2026年10月2日。

敷金1か月分に当たる募集賃料の中央値。1Kは中野10.0万円、大井町11.5万円、西葛西8.9万円。40〜55㎡は中野21.75万円、大井町23.2万円、西葛西12.8万円
敷金1か月分に当たる募集賃料(中央値)(出典:Urbalytics 賃貸募集データ(東京都内、重複掲載を除く))

1Kの敷金を1か月分とすると8.9万〜11.5万円で、原状回復工事の総額(15万〜30万円)を下回ることが多くなります。入居者に請求できるのは故意・過失などの部分に限られるため、残りはオーナー様が負担する前提で、退去1件あたりの費用を年間の収支計画に組み込んでおくと安心です。

費用を抑えるうえでは、見積の内容確認も効果があります。TLLが受け取った原状回復の見積では、内容を精査して数量や範囲を見直した結果、初回見積から最終発注までに21〜44%減額できた例がありました。クロスの全面張替が必要か部分張替で足りるか、床は上張りで済むかなど、項目ごとに確認するのが基本です。退去から精算までの流れは次のとおりです。

退去から敷金精算までの流れ:退去日と立会いの調整、立会いと写真記録、見積と負担区分の案、精算書で説明、敷金の精算・返還
退去から敷金精算までの流れ(出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」)

トラブルを防ぐうえで効果が大きいのは、入居時と退去時に同じ場所の写真を撮っておくことです。ガイドラインにも入退去時のチェックリストの様式が収録されています。

よくある質問

Q. 壁紙の張替費用は入居者にいくら請求できますか?

入居者の故意・過失による汚れや傷に限り、張替費用に経過年数による負担割合をかけた金額です。クロスは耐用年数6年で残存価値1円とするため、新品から3年なら約50%、6年以上ならほぼ0%になります。

Q. ハウスクリーニング費用は入居者に請求できますか?

入居者が通常の清掃をしていれば、専門業者による全体のクリーニングはオーナー負担が原則です。入居者負担とする場合は、金額や範囲を契約書に特約として明記し、契約時に説明しておく必要があります。

Q. 東京ルールとは何ですか?

東京都の「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」のことで、宅建業者が都内の居住用賃貸住宅を仲介・代理する際に、原状回復や入居中の修繕の考え方、特約の内容などを書面で説明するよう義務付けています。平成16年10月以降の新規契約が対象です。

Q. 1Kの原状回復費用はいくらくらいですか?

TLLが受け取った工事見積では、1R・1Kで15万〜30万円(税込)が目安でした。このうち入居者に請求できるのは故意・過失などの部分に限られます。

まとめ

  • 原状回復は借りた当時に戻すことではなく、通常損耗と経年変化はオーナー負担が原則です(国交省ガイドライン、民法第621条)。
  • クロスやクッションフロアは耐用年数6年で残存価値1円。新品から3年なら入居者負担は約50%、6年以上ならほぼ0%です。
  • 東京都内では宅建業者に原状回復の考え方と特約の書面説明が義務付けられています。原則と違う負担は、具体的な特約と説明が必要です。
  • 原状回復の総額は1R・1Kで15万〜30万円が目安(TLL見積実績)で、1K敷金1か月分(東京3駅で8.9万〜11.5万円)を上回ることが多いため、オーナー負担分を収支に組み込んでおきます。

TLLの管理代行は、リーシング・入居者対応に加えて、収支モニタリング、賃料是正やコスト削減の提案、月次レポートまでをお受けしています。原状回復の見積が妥当かどうか、負担区分をどう整理するかといったご相談もお気軽にお寄せください。詳しくは資産管理・運用サービスをご覧ください。

アイキャッチ画像(イメージ):Photo: Christian Lue / Unsplash

この記事について

執筆
李 瀟(販売・PM事業責任者)保有資格:宅地建物取引士・ビル経営管理士

不動産販売およびプロパティマネジメントの実務責任者。NTT コミュニケーションズにて 8 年以上、大手企業向け DX 案件のプロジェクトマネージャーとして、要件定義から納品・運用までの全工程を統括。TLL では収益不動産の販売戦略立案、投資家ソーシング、契約実行、決済・引渡しまでの一連のディールマネジメントを担当し、国内外の投資家・事業者に対して最適な物件提案とスムーズな取引執行を提供。

プロフィールを見る →
運営
TLL合同会社宅地建物取引業 東京都知事(1)第108202号住宅宿泊管理業 国土交通大臣(01)第F03424号

記事中のデータは出典と集計時点を明記しています。相場や制度は変わることがあるため、個別の判断は最新情報と専門家へのご相談のうえで行ってください。

RELATED

関連するコラム

03-4566-3208お問い合わせ